JAM Project特集! 奥井雅美インタビュー
『アニソンマガジンVol.3』では、今までの歩みを赤裸々に語ってくれた奥井雅美さん。本誌に載せられなかったこぼれ話を、ここで大公開!(文:冨田明宏・澄川龍一)
―― 最新アルバム『 Masami Life 』は、まさに奥井さんの新旧の魅力が詰まった作品になりましたね?
奥井 evolution を設立してから ここ何年かは、ずっとハードで、 メロディーで言うと マイナー系の曲が多かったので 、ここで「 It´s my life 」のような、明るい曲を歌いたくなったって言うのはありますね。それで、久しぶりにヤブさん(矢吹俊郎)と大平勉さんにアレンジしてもらおうかなとか思ったんです。昔みたいに、色んな人とまたやりたくなったんですね。
―― evolution 立ち上げ当時は、ハードな路線でいこうと決めていたんですね。
奥井 evolution を立ち上げた時は、矢吹さんと作り上げてきた音楽性はそのままキングの方で引き継いでいたし、あの当時は女性シンガーでハードな曲をやっている人がいなかったから、ゴリゴリ系の過激なロックをやろうと決めていたんです。その路線でここ何年かはやってきたけど、「絶対にこうじゃなきゃ!」というのは、あまり考えなくなりましたね。
―― 昔の話もお聞きしたいのですが、改めて考えてみて、 90 年代はアニソンに対してどの様な意識で取り組んでらっしゃいましたか?
奥井 ファンの方で 「僕、初めてライブに行ったのがまっくんのライブで……」という人が多かったんですね。その人たちは、 J-POP のライブとかロックのライブに、 行き辛い のかもしれないって思ったんです。音楽がすごく好きなのに、アニメが好きな人には入り難い空間なのだとしたら、それと似たような空間を、アニメの歌をやっている自分たちが作ってあげればいいんじゃないの? という事を、考えてながらやっていましたね。アニメが今ほど市民権を得てなかったし、音楽業界においても、アニソンは肩身がまだ狭かった時代でしたからね。だから矢吹さんに、「そういう人たちに向けて聴いてもらっても、恥ずかしくないアニソンを作ろうよ」って言って。かっこいいものを作ろう! という意地のようなものは確かにありましたね。
―― 最新アルバム『 Masami Life 』にも収録されていて、今年のアニサマでも披露されていた「 -w- 」という本格的な R&B もやってらっしゃいますよね? やはり、今もこういった楽曲をアニソンに持ち込もうと?
奥井 そうですね。 R&B だけに限らず、昔からあんまり人がやってない事をやろうかなっていう事ばかり考えているんですよ。この曲は、奈々ちゃんが今回のアニサマでは踊らないと聞いたので、じゃー私が久しぶりにダンサーを従えて踊ろうかなと。 1 曲アニソン を歌うと決めていたから、アニサマ用に踊れる曲を 1 曲作ってもらったんです。こういうダンス系の曲って、大きい舞台でやると絵になるんですよ。どうしても、アニメのオープニングはテンポが速いものを望まれてしまうから、この路線でアニメのタイアップは難しいんですけど、エンディングとか挿入歌とかで入れられそうですよね。
――奥井さんの影響をモロに受けた世代で、最も象徴的な存在として水樹奈々さんがいると思うんです。もちろん、矢吹さんや大平さんとの繋がりの部分でもそうですが、奥井さん的に、水樹さんをどんな風に見てらっしゃいますか?
奥井 奈々ちゃんは、昔よくライブを観に来てくれていたんですよ。その時はまだ、矢吹さんが彼女を手掛ける前でしたね。それで、ちょうど私が矢吹さんと離れた頃に奈々ちゃんのプロデュースを始めたので、彼女にはすごく力を注いだんだと思うんです。彼女についたダンサーも、私の後ろで踊っていた子たちでしたからね。確かに私の後に続いた形ではあったけど、でも彼女は、デカいところでツアーやったり、武道館でやったり、だんだんと、いろんなものを自分のカラーにしていくんですよ。それは、あの子自身の頭の良さですよね。賢くて、負けん気も強い。色々な事を努力したんだと思います。だからこそ今の地位というか、自分の力で時代を築けたんだと思いますよ。プラス、彼女は声優さんでもある。どんなに歌で売れても声優は辞めないと言っていたので、先の事もしっかりと見据えているんだと思うんですよ。歌でガーッと売れたら、演技を辞めちゃう人もいる中で、欲とか、変な野心とかは持ち合わせていないと思う。たまに話をすると、そんな事を感じますね。良い意味で、私の悪いところは見習わないようにしたり(笑)、自分で考えて行動しているのがすごく良く分かるんですよ。あと、やっぱり見た目が可愛いですし(笑)。
―― 奥井さんはアニサマの第 1 回でも水樹奈々さんとデュエットされていましたが、今年のアニサマでは「輪舞 -revolution 」を一緒に歌われていたのを観て、今のアニソンってここまで来たんだなと、改めて痛感する事ができたんですよ。
奥井 そうですよね。私も、まさかこんな長く歌えると思ってなかったので。デビューした時は買い取りで始めたものですから。
―― あの当時は、アルバイト感覚で始めたと仰ってましたよね?
奥井 そうなんです。なので今は、若い人たちにどう残すか、という事をすごく考えてい ます 。このアルバムは象徴的ですけど、レコード会社の垣根を越えたり、アニサマみたいにレーベルの垣根を越えるというのが、今は大切だと思って います。 今の世の中、 CD が なかなか 売れない時代だし、綺麗事ではなく、みんなで力を合わせて何か残せたらいいなと。それは JAM P roject もそうですけど、ベテランの大人たちが率先してやっていくのが使命だと思いますね。そんな私たちを見て、若いアニソン・シンガーたちが選べる道の選択肢を増やしてあげたいんです。お客さんもそうですね。女の子だったら、「私もまっくんみたいな大人の女の人になろう」って、思ってもらいたい。
―― 現在は活動の大半を占めている JAM P roject の活動ですが、 JAM される までに色々な葛藤があったとお聴きしましたが。
奥井 そうですね。今まで 応援して来てくれた ファンの事もありましたし。でも、私もアニソンでデビューして 10 周年だったし、気分も新たに、本当のアニソンをやってみようって。 やった事のない ジャンルだったから、持ち前の「新しい事に挑戦したい!」という気持ちが 勝ったんでしょうね。 1 度 「アニメソングは歌いません」という時期も経て( 2002 年『 crossroad 』の頃)、本当に辞めようとしたんです。そこに JAM 参加のお話が来たという事は、 とても良い事 なのかもしれないと、そう考えました。それで、やるからには JAM を変えたいと。 JAM のカラーは残しつつも、新しいエッセンスを加えた音楽ジャンルを やって行きたいと思ったんです。ただ、私とか福ちゃんが入る事によって、元々の JAM のファンは いわゆる‘アニキの濃さ´みたいなカラーが 無くなって寂しかったと思います。
―― 今のファンの反応はいかがですか?
奥井 今は、 ファン層が 変わりましたね。 スタチャの時代から応援して来て くれていたファンの人が変わって、 JAM から入ってくる人と、アージュさんのゲームとか、みな実ちゃんのファンの人とか。 だから全部、ランティスさん周りですよね、 あと私はプロデュースをやっているので、声優さんのファンの子たちもいるかもしれない。 平均年齢が若く なったかもしれませんね。 もちろん、昔から応援してくれている人もいるので、 結果、とても良かったと思います。今はすごく感謝していますね。
―― では、奥井さんの JAM 内での役割についてはどのようにお考えですか?
奥井 内助の功ですね。 ステージで他のメンバーは みんなワーってどんどん前に行っちゃうんですよ。梨香ちゃんは女の子だけどグングン前に出て行くし、福ちゃんは落ち着きのない子なので(笑)。私は JAM のステージでは一歩下がって、福ちゃんが演出の火で燃えないだろうか ? とか(笑)、そういう事ばかりを考えてます。内助の功というか、お母さんみたいなもんですね。あとは影山さんがリーダーだから、討論が前向きに白熱して熱くなってしまった時に、止めなきゃいけない役割だったり……。高校生みたいですね。私、女子高だったので、男女共学ってこんなかなと思います。みんな少年のまま大人なってしまっているので、変な人たちですよ(笑)。でも私は、そこがすごく居心地が良い。
―― JAM が現在果たしている、アニソン・シーンにおける役割を、奥井さんはどうのように考えてらっしゃいますか?
奥井 うーん、そうだなあ。 JAM は今、音楽の集団ですよね、完全に。だから、ファンの中には付いていくのが大変な人もいるかもしれないと思うんです。でも、 JAM にしかできない音楽っていうのもやっぱりあると思うので、 難しくて拍数が数えにくい プログレッシヴな音楽 とか、そういうのは 他の方があまりやっていない ので、それは JAM でやっていくべきだと思いますね。



























